ゆゆ式とヒップホップ――「何もない日常」の話

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言語化に失敗したためボツになりました。

 

 

 

ゆゆ式の話

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 ©三上小又芳文社ゆゆ式情報処理部, 2013

 

まんがタイムきららが好きだ。きらら作品の中でも特に好きなのがゆゆ式だ。

 

きらら作品はよく「日常系マンガ」としてカテゴライズされる。

しかし僕は、真に”日常”を描いているマンガは、ゆゆ式だけだと思っている。

 

 

 

ゆゆ式が他のきらら作品と異なる点は、「何もおこらないこと」だ。

ゆゆ式からは、物語を動かすための”イベント”が、排除されている。

 

「日常系」と呼ばれるきらら作品だが、それに反して「非日常」が挿入されることは少なくない。

修学旅行、コミケ参加、軽音部の文化祭ライブ、先輩の卒業、後輩との出会い…。

こうした「非日常  = ”イベント”」が発生し、物語が動いていく。

 

ゆゆ式には、この”イベント”がない。

旅行にはいかない。部活でやっているのはネットサーフィンだけ。出会いや別れもない。

唯一、プールに遠出したことはあるが、それも電車で日帰りの範囲である。

青髪の女の子、ゆかりが家族旅行に出かけることもあるが、作中でその詳細が語られることはない。旅行に出かけているあいだ、彼女は”不在”として扱われるだけだ。

 

ゆずこ、ゆい、ゆかり。この3人は徹底して彼女たちの地元からでることはない。

作中で描かれるのは、高校の教室で、部室で、ゆいの家で、3人が談笑する姿のみ。

ゆゆ式にはイベントがなく、物語がない。

 

では「何もない」ゆゆ式には何が描かれているのか?

ゆゆ式に描かれているもの、それが「日常」だ。

 

3人の、特に何もない一日。休み時間の、特に意味のない会話。

そこに見える、3人だけが持っている会話の間、リズム。

3人の中でしか通じないゆずこのギャグ。唐突に切り替わる話題。

会話の中にうっすらと漂う、幼馴染のゆいとゆかりと、一人だけそうでないゆずこの距離感……。

 

イベントと物語が消えた中、フォーカスが当てられるのは、高校生3人が日常を過ごしている今、その瞬間だ。

 

何も起こらない、何もない中で、その場、その時の彼女たちの、一瞬一瞬を切り取って繊細に描く。

ゆゆ式は何も描いていないが、日常を描いているのはゆゆ式だけである。

 

 

・Hip-Hopの話

 ゆゆ式のように「日常」を描くものは、音楽にも存在する。

それがヒップホップだ。

 

ヒップホップにも「日常系」と呼ばれるジャンルが存在する。

代表的な曲はスチャダラパーの「サマージャム'95」だろう。

 

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 タイトルの通り、夏を歌った曲だ。

哀愁漂うトラックも素晴らしいが、この曲で注目したいのは、そのラップの内容である。

 

夏本番 海か?山か?プールか?

いや まずは本屋

で帰りにソバ ザルかせいろだ それが正論

 

夏……夏休み、海、山、プール、夏祭り、打ち上げ花火……。

夏を歌うなら、それらしい”イベント”は山ほどある。だが、彼らはそれを歌わない。

 

夏本番に、海にも山にも、プールにも行かない。本屋とそば屋に行って終わり。特に何もない一日。

この曲は、ゆゆ式と同じように「イベントの排除」を行い、「何もない、いつも通りの日」を歌っている。

 

そっ 昼間はね やっこでも食って デーンと構えてればいいわけ

再放送のドラマでも見て 気がつくと昼寝になってたりね

 

夏の何もない一日、その「何もない」をあえてテーマとして取り上げ、丁寧に描写することで、彼らはラップで「日常」を表現することに成功した。

 

 

サマージャム'95は1995年の曲だが、現在も「日常」はヒップホップで歌われ続けている。

 

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Goin Back To Zama City」は、トラックメーカーのHi'Spec(ハイスペック)とラッパーのOMSB(オムスビ)による楽曲。

自身の生まれ育った、神奈川県・座間市での思い出を語る曲だ。

 

毛虫のやたらいる桜並木 いなたい家に住む Thugな兄貴

となりのヒデ君 上のチビデブ 向かいのジジババ いつも親切

銭湯の近くで電車を見てる夕方 記憶が今も生きてる

 

カズマとはいつもゲームばっか

ビートマニア パラッパラッパー

 

OMSBから語られる座間市の思い出は、住んでいた団地の話や、友達としたゲームの話。他人からすれば、何でもない日常の一コマである。

OMSBは誇張もなく、ありのままの座間市と、ありのままの自分を語る。

さらにOMSBは、サビでこう歌い上げる。

 

座間City デコボコな街 街の大半が米軍基地

でも座間Cityには何もなくて その分空は広くて

 

座間City デコボコな街 俺とHi'Specが育ったCity

でも座間Cityには何もなくて それがよくて

 

「何もないけど、それがいい。」

「何もない」からこそ、故郷の景色、周りの人々、友達と過ごした日々が鮮明に記憶に残っている。2人にとって、「何もない日々」が、一番大切な思い出なのである。

 

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何もないからこそ、そこに見えてくるものがある。

ゆゆ式とヒップホップは、別物のようで、実は同じことを教えてくれている。僕はそう思っています。